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月刊「WiLL」花田編集長が公開霊言に登場 & 花田氏の感想

2013.11.02

大川隆法総裁 公開霊言抜粋レポート

http://the-liberty.com/article.php?item_id=6877

「WiLL」花田編集長守護霊による「守護霊とは何か」講義
2013年9月18日収録

名物編集長守護霊の仕事と魂のルーツを公開!
名物編集長が、公開霊言に登場! 魂のルーツが明かされる

「週刊文春」や「宣伝会議」の編集長を歴任し、現在、「WiLL」編集長を務める花田紀凱氏。

 本誌10月号特集「大川隆法著作シリーズ1300冊の歩き方」では、本誌編集長と大川総裁の霊言シリーズについて対談した。

 花田氏は、「霊言は大川総裁が勉強したことがベースになっているので、本当じゃないでしょう」と言いつつ、「自分がやられたら困っちゃうな」と、霊言について半信半疑な様子だった。

 そんな花田氏の守護霊を呼んで、霊言や守護霊について解説してもらったらどうなるか?



※大川隆法総裁による「『WiLL』花田編集長守護霊による『守護霊とは何か』講義」の映像は、全国・全世界の幸福の科学の支部・精舎で拝聴できます。なお、この内容を収めた書籍は全国の書店で発売中です。


ジャーナリスト守護霊もあの世で取材している?
 花田編集長は1966年に文藝春秋に入社し、1988年に「週刊文春」の編集長に就任した。編集長に就任後は、スクープを量産して「週刊文春」を売り上げトップの週刊誌に育て上げ、テレビにもコメンテーターとして出演。名編集長として知られるようになる。


 その後も、「編集会議」「宣伝会議」の編集長を務め、それぞれ名雑誌に育て上げた。花田氏の思想傾向は保守であるが、「週刊文春」でさんざん批判していた朝日新聞が発行する雑誌の編集長を務めたことを見ても、その手腕には誰もが一目置いており、現代を代表するジャーナリストといえる。



 そんな花田編集長の守護霊は、普段、どんな仕事をしているのだろうか。

「悪がチラッと見えたときは、取材意欲が湧いてくるときだね。ジャーナリストの守護霊は、相手の悪質度に関する勘所や、逃げるべき勘所、見切りについてのサインは出すね」

「総理官邸にも入れますよ。大手がシェアを取っていますが、私くらいのキャリアがあると、顔パスしちゃうところはある」



 花田氏が「週刊文春」の編集長をしていた時には、少年法に抵触することを知りながら、社会を騒がせた殺人事件で逮捕された少年4人の実名と顔写真を掲載した。この判断は大きな物議を醸したものの、「凄惨な事件を起こしても、少年だからといって必要以上に守られるのはどうなのか」という問題提起ともなった。

 守護霊の言葉からは、「悪を暴きたい」というジャーナリストの正義感が伝わってくるが、どこまで追究すべきかの勘所については冷静に見極めていることが分かる。



 また、花田編集長の守護霊は総理官邸に“侵入"し、情報を集めていることも明らかになった。

 大川総裁の書籍『青春の原点』には、「守護霊も、この世の人と同じように努力しています。《中略》守護霊は、本人の利益になると思うことを必ずしようとし、本人の不利益になることは避けようとします」と説かれている。

 守護霊も、花田氏本人に利益になるようにと、“事前取材"をして、その内容をインスピレーションとして伝えていることが、今まで数々のスクープをモノにしてきた花田氏の発想の源泉になっていたのだろう。



 花田編集長守護霊の回答は、「守護霊の仕事とは何か」についての分かりやすい解説になっている。





過去世をたどりながら自分自身の心の傾向を発見?
 また、本霊言では、花田氏の過去世の活躍も明かされた。

 本誌取材に対し、何度も「霊言はやめたほうがいい」と言っていたことも、「大川総裁は、我々がやりたいと思っていることを霊言にしている」と嫉妬心らしきものをのぞかせていたことも、過去、中国で僧侶をしていた時の経験と深く関係があることが分かった。



 さらには、近年では、明治時代に活躍したジャーナリスト、福地源一郎(桜痴)であることもほのめかした。

 花田氏自身の、この「自己発見の旅」が、守護霊や転生輪廻が存在することの何よりの証明といえる。





明治のスーパージャーナリスト、福地源一郎
 福地源一郎といえば、福沢諭吉とならぶ「双福」と呼ばれた俊才で、明治時代に活躍したジャーナリストだ。福沢諭吉ほどは名前が知られていないかもしれないが、活字文化の源流を作った知る人ぞ知る異才である。



 福地源一郎は、若い頃に英語やイギリスの学問を学び、幕府の使節兼通訳としてヨーロッパに渡った。その際、ロンドンやパリで発行されている新聞に強い関心を持った。



 新政府成立後は、渋沢栄一、伊藤博文との縁で大蔵省に職を得て、岩倉使節団にも一等書記官として参加した。

 帰国後、大蔵省を辞めて、政府系の「東京日日新聞」を発行する日報社に主筆として入り、のちに社長を務めることになる。

 当時、新聞記者の地位はそれほど高くなかったが、福地は持ち前の反骨精神で「東京日日新聞」を新聞界の雄に育て上げた。



 政府の方針を社会に伝える公器と位置づける一方で、自らの主義主張を訴える社説を掲載した。主義主張が一貫していなかった当時の新聞界において、これは画期的なことだった。

 当初、1000部の発行部数であった「東京日日新聞」は、5年後には9000部以上、1881年(明治14年)には1万2千部の発行部数を誇るまでとなった。

 その後、官報の発行によって「東京日日新聞」は経営不振となったが、新聞の地位を高めた福地の功績は大きなものがあると言えよう。



 守護霊は六人一組で構成され、原則、次に地上に生まれる予定の魂が、学習を兼ねて守護霊をつとめるが、最近では複雑な現代社会に対応するため、一番最近地上に肉体を持った霊が守護するケースが増えつつあるという。



 守護霊自身は明言を避けたが、花田編集長の守護霊が、福地源一郎として活躍した魂だとすれば、今世の編集者としての並外れた活躍にも納得がいく。





霊言という「現代の奇跡」
 霊言の最後に、大川総裁は「私が取り上げた人は、今まで、『公人認定』した人がほとんどであるので、善悪を問わず、いちおう『一定のレベルを超えた方である』ということでしょう」と述べた。

 大川総裁の影響力からいって、守護霊霊言を録り、その霊言が書店に並ぶこと自体、その人を有名にしてしまう。誰の霊言を、どのような形で公表するかは、大きな問題だ。

その意味で、守護霊の霊言を収録されることは、有名人の証拠であり“名誉殿堂入り"といえる。



 さらに、霊言収録の功徳として、本人も気づかない魂の傾向や、今世の考え方の癖や行動パターンが、過去世での体験と深い関係があることが分かることがある。霊言によって自分を振り返ることで、魂の成長や仕事の発展につながることがあるのだ。



 現在進行形で起こっている「霊言」という奇跡。誰でも呼び出してインタビューできるということは、ジャーナリストにとっては少しうらやましく思う対象かもしれない。しかし、霊言の真実性を認め、伝えていくことは、本当のことを伝えるジャーナリストの使命でもある。

 花田氏にとって今回の体験は、霊言の真実性を、身をもって体験する機会であったのではないか。



 福地源一郎は、江戸時代から明治時代にかけての激動の時代に生まれ、ジャーナリストとして活躍したが、現代は明治維新以上の大変革期にある。

 霊言収録という「奇跡」の体験を機に、霊言を信じる世界へちょっと飛び越えれば、花田編集長はもっと大きな活躍をされるに違いない。



 このほか、花田編集長の守護霊は、以下のような点についても語った。



•なぜ、守護霊霊言を収録されることをそんなにイヤがったのか?
•ジャーナリズムの世界では「善意」は通じない。
•守護霊独特の“取材方法"とは?
•首相官邸には入れても、大川総裁の近くで取材することは不可能?
•大川総裁の本を読んで、編集スタンスにどんな影響があったか。
•過去には戦国時代に女性で生まれたこともある?
•保守のスタンスで言論活動をしていることは、過去世にも影響が?
•霊界に住んでいる守護霊なのに霊的なものを認めたくないのはなぜ?
•霊言による「スピリチュアル取材」は、ジャーナリストにとってどう脅威か?


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